▼私の行動理念

  • 折れない、ブレない、あきらめない。

  • すべてに真っ直ぐに行動し相対する。

  • すべてに対し、是々非々(ぜぜひひ)の姿勢で挑む。

  • 誠実であること…「謙虚さ」忘れずとも、媚(こ)びない、阿(おもね)ない、諂(へつら)わない。

  • 今さえ良ければ、自分さえ良ければという風潮とは徹底的に戦う。孫や子のことまで考えるのが責任ある大人の当然の役割であり、政治の責任である。

▼私の行動規範

  1. 市民の皆さんのご意見を、地域の垣根を越えて代弁する議員として行動します。
  2. 常に市民の皆さんと向き合い、膝を突き合わせ、共に悩み、考え、行動します。
  3. 過去・現在・未来のすべてに対し、責任ある発言・提言・決断・行動をします。


私は、以上の行動規範にのっとり、活動することをお誓いいたします。

私の政治信条

「我々の世代が、今頑張らなくて、いつ頑張るのか?」

 

私は、この課題認識のもと一貫して行動して来ました。

 

国民一人一人が正しい国家観と歴史観をもち、 責任ある政治行動をとることで、自身の地域は元より日本の未来は必ず変わる。

 

私はそう堅く信じ活動しています。

 

一昨日、未曾有の被害をもたらした東日本大震災から丸3年が経ちましたが、我が国が置かれている現状は、未だに厳しいものがあると感じています。

 

「今の日本、このままで大丈夫だろうか?」 「私たちの子供に責任ある社会を繋いで行けるだろうか?」 「国家の大事より政局に明け暮れる既存政党には、これ以上この国を任せることは出来ない」 このような想いを抱いている方は決して少なくないと存じます。

 

戦後のGHQの占領政策(戦勝国の、戦勝国の為の、戦勝国による本来有っては成らなかった「東京裁判」を含む)等により、見事なまでに根絶やしにされかかった日本精神、そして、日本の歴史、日本民族の誇り…。

 

しかしながら、太平の眠りが覚めるが如く、少しずつながらも「日本復活の兆し」が確実に見えつつあります。

 

現在私は、浪人中の身ではありますが、「偶然の偶然は必然。全ての出会い、全ての出来事に意味がある。」心からそう感じる機会に恵まれています。こうした「唯一無二であろう機会」、「数々の出会い」、そして「先人達の労苦」に応える為にも、自身の原点(志)に立ち返り、日々己を奮い立たせ、「復活(再起動)の時」に確りと備えたいと思っています。

 

 

 

平成26年3月13日

久野晋作

 

【私の挑戦:2007-2011】より。

 

●私の挑戦とは?

「私の挑戦」とは、バッジをつけて活動してきた4年間、様々な事象に触れていく中で、自分なりに考え、そして、温めてきた「私の行動理念と重点政策目標」をまとめたものです。 また「議員が何を考えているのか判らない」という声を真摯に受け止め、市政リポートにまとめ、駅頭や街頭で訴えて続けてきたことも、このベースとなっています。 (4年前に初めて立候補した時の)初心の通り、「おかしい事はおかしい!」と、声を大にして言い続けること。そして、批判や中傷を恐れず、怯まず、自分の信じた道を真っ直ぐに、勇往(ゆうおう)邁進(まいしん)していくという強い気持ちも込めています。

 

●今、議員に求められていること

今、我々議員には、「責任を持って発言し、その発言を行動に変え、日々実践していく中で、結果を出していく」という当たり前の事が求められていると思います。 また、併せて求められているのは、「耳聞こえの良い、バラ色の未来を語ること」ではなく、「これから迎える厳しい現実を直視した上で、未来に向けた覚悟を語ること」だと私は思います。

 

●政治は、一体誰のモノか?

政治は政治家のモノではありません。 また、政治に直接携る者の考えや、一部の利益(団体)の意思だけで動くモノであってはなりません。本来政治とは、みなさん自身のもの、みなさんの思い考え行動で変わるものだからです。 憲法にも規定があるように、「どんな街にしたいのか?どんな地域にしたいのか?」を決めるのは、主権者である住民に他ならないからです。これが私のポリシー(行動を律する一貫した方針)です。

好きな言葉

信義誠実

正義、至誠
近隣センターふさの風に飾られている東郷元帥の一筆

2011年03月26日 議員活動ブログ:「晋作の歩み」から

東日本大震災に当って

~あろうべき我孫子市の対応とは?、あろうべき我々の姿勢とは?~

 

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先日3月24日に行われました、一般質問の冒頭の発言を記します。今回の震災に当っての私たちを取り巻く情勢の一変に対して、また、これからの私たちの有り様についての私の率直な想いです。発言に当って、原稿どおりに話していない部分もありますが、その点はご容赦いただければ幸いです。

こちらでご確認いただけます。

 

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政策グループあびこの久野晋作です。

質問に先立ちまして、3月11日に発災した【東北地方・太平洋沖大震災→東日本大震災】により、お亡くなりになられた方々の御冥福と、未だに行方不明になられている多数の方々の早期救出ならびに発見を心からお祈り致しますとともに、被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

福島原発の動向は予断を許さない状況にあり、心配の種は消えることはありません。
現在、被災地に赴き、身の危険も省みず、復興・復旧作業に当たり、昼夜ご尽力されている「全ての皆様」に心からの感謝と敬意を表すと共に、「我孫子において出来ることは何か?」を一人ひとりが考え、行動に移していくことが何より肝要だと思う次第です。

また、本市におきましても、布佐・都地区を筆頭に、市内各地で甚大な被害が発生致しました。幸いにして、市内で地震に伴う人的被害は報告されていないとのことですが、被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い復興の為、全市を挙げて取り組むべき課題であることを、ここに確認したいと思います。

さて。 政治も、財政も、経済(物欲資本主義)も、地域社会も、教育も、医療も、福祉も、全てが行き詰まっています。地球全体が大変化の中にあると言っても過言ではなく、もはや、過去の延長上に未来は描けないということは自明の理であります。多くの方もおっしゃっていますが、今回の大震災をキッカケとして生き方を見つめ直し、改めるべき所は躊躇せず改めることが必要です。

更に言えば、本質的な意味での日本を再興する契機、強いて言うならば「新しい共生文明のモデル」を日本に起こす時ではないかと思います。そうでなければ、被災された皆さんの無念を晴らし、犠牲になられた多くの方々の死を弔うことは出来ないと思います。


今回の震災は、国難とも言うべき、未曾有の大災害となりましたが、日本の底力、言うなれば、国民・県民・市民の力が今ほど問われているときはありません。

本市においては、正に行政・自治体としての姿勢が問われていることに他なりません。災害発生時において、自治体に「住民の暮らし…生命・財産・身体」を守る責務があることには論をまちません。

地域に住み暮らす住民に安全安心を提供してこそ、住民に選ばれるまちとしての最低限のインフラがあるということであり、本市の市民にとっては、市長が施政方針で述べた「我孫子に生まれて良かった、我孫子に住んでいてよかった、そして、我孫子市民であることを誇れるまち」となるための必要最低条件でありましょう。

この未曾有の危機に際し、職員の皆さんに置かれましては、休みも取らず昼夜復興作業や市民の不安を打ち消すべく活動して頂いておりますことに深く感謝の意を表す次第です。

当初の予定よりも三回ほど大分質問の時期が延期となりましたが、この非常時に質問の機会を頂いたことを「何かの縁」と受け止め、非常時だからこそ、市の災害対応に関し「一言申し上げ」ます。

本日は発災から約二週間となりますが、今朝方も含め、未だに余震は収まらず、長野地方、東海沖、千葉県東方沖と比較的大きな地震が続いており、いつ何時大きな地震が来るやも知れません。

そこで、災害復興および被災地への災害支援の対応と同時並行で、本市の危機管理体制につき、今一度、総括検証・改善を要望致します。

・私は、6年前の議会質問で危機管理体制について要望させていただきましたが、今回の災害対応において、真に指示命令系統が確立していたか?そして、十分機能していたか?責任ある執行体制が構築され、権限の集中および集約化が図られていたか?
・用意していた災害マニュアルは実践においてどのように活かされたのか?活かされていなかったか?問題点・改善点はなかったか?
・災害弱者、情報弱者への対応は十分と言えるものであったか?
・最大の情報源となっているHPにアクセスできない状況が続いてますが、どのような対応をとっているのか?これからどうするのか?
・特に、「計画停電の案内体制」など改善点はないか?
・市民との協働は十分図られていたか?情報提供はどうか?

などなど…。
「そんなことは言われなくても判っている、この忙しい時に…」という思いがあるやも知れません。しかし、実際に不十分な点が多いのです。市民の率直な疑問、要望・苦情・提案を真摯に受け止め、取り入れられるもの、取り入れるべきものは即刻取り入れる、改善すべきは躊躇無く改善するという即応体制を願いたいのです。ことは非常時なのですから。どんなに理解を求めようが、切実なニーズを抱えている市民にとって、「一生懸命やっている」「忙しい」「大変だ」では済まされません。

二点目は、総合計画審議会の招集対応に垣間見える「市の問題意識と危機意識の欠落」です。市内各地はおろか庁内もテンヤワンヤになっていた発災直後にも関わらず、3月21日の開催に向けてぎりぎりの段階まで召集を掛けておられていたようです。このような非常事態ですから当然、出席人数はギリギリだったと聞いています。

しかし、市は何としてでも開催せんと、「未曾有の大災害、そして、福島原発の予断を許さぬ展開等、国家レベルの大惨事が起きている最中に、「審議委員を掻き集めていた」と聞き及びました。

結果として中止の判断をしましたが、見直しの是非はさておいたとしても、震災の前後で、我孫子市はおろか、日本を取り巻く状況が一変した、まさに、非常事態に及んで、このような切迫した時期に、そこまで開催に執着していたのは異常としか思えません。


近隣の松戸市や三郷市は、被災者を受け入れるという人道的な対応を早々に発表し実行に移しました。遠方では何も出来ませんが、私たちにも少しでもお役に立てることがあるはずです。

本市においては、少なくない被災住民が居る状況ですから、そこまでは手が回らなかったのは致し方ないのかもしれません。3/19のプレスリリースで避難住民の受け入れについて発表をしましたが、この内容にも志民から様々な意見・批判が寄せられていると思います。

被災者を受け入れると発表したはいい。

でも、【我孫子まで自力で来い。電話で申し込め。食料はなし。毛布だけは貸与する。】これでは来るな、というに等しいではないか。今、「痛めつけられた被災地の人々や、現地の復興」をどう手伝えるのかと思っている多くの市民いや日本人の気持ちを踏みにじるものではないか?

こうした声は決して少なくないはずです。

我孫子市社会福祉協議会が先日、災害ボランティアセンターを立ち上げましたが、我孫子市がイニシアチブをシッカリと取ること、更に言えば我孫子市として「今、成すべきこと、今、出来るコト」があるのではないでしょうか?

危機管理とは、ありとあらゆる状況を想定して行うものであり、その観点が欠落しては居ないか?と、6年前に指摘させて頂きました。
今回のような動きを垣間見ますと、未だにその点が改善出来ていないのではないかと言わざるを得ません。また、避難住民の受入れに関しての対応を見ていますと、人道的な観点が大きく欠落してはいないか?このような「無慈悲なまち」をいざと言う時に本氣で支援してくれるまちがあるだろうか?と不安になってしまいます。

細かい議論は、閉会中の継続審査となった委員会審査に譲りますが、以上の点についての対応と改善を要望し、質問に移らせて頂きます。